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♦2021/03/12

着物のある情景 ~弥生・3月~

春の日の招待状

一人っ子として育ったわたしの雛祭りの思い出は、着物を着せてもらい七段飾り の前に座って得意顔で写真に収まった日のこと。紅をひいてもらうその瞬間は、ま るで生まれたての光を、ちょこんと唇にのせてもらう儀式のようでした。
ガラス越しの日差しが、豆雛の下にひいた赤いもうせんを、ふっくら温かく見せ、 お雛様のおかげで部屋がやさしい春の色を帯びてきた頃、毛筆書きの白い封筒が届 きました。親友の智子が結婚するのです。四月の第三日曜日、式を挙げるのは彼の 故郷の神社か。「ああ、でも何を着ていったらいいのかな。うれしいけど、困っち ゃうな…」。
母の意見は「絶対に着物」です。でも、着物?目立ちすぎじゃない?きゅうくつ だし。とはいえ「着物なんかヤダ」と、簡単には言えない気がするのはなぜかしら。
それから二・三日たって、三月というのに、うっすらと雪が積もった日のこと。 残業に疲れた体を電車の椅子に埋めたとき、あれっ、そこだけ花が咲いたような…。 ぼんやりと頭のなかで揺れたのは、雛祭りのぼんぼりです。ポッと灯ったやわらか い光。その温もりのありかをたどっていくと、そこにはうすいオレンジ色の着物に 身を包んだ女性の立ち姿が。なんて可愛い人。なんて、幸せそうに見えるのかしら…。
くすんだ色彩の車内で、あの人だけがまるで香りを持った花のようです。風に乗 ったみたいに、心がふっと軽くなってゆく気分…。
翌日、智子に返信のはがきを書きました。余白には心をこめたメッセージを添えて。 「ご結婚おめでとうございます。あなたの白無垢姿が楽しみです。当日はわたしも、 絶対に着物を着ていくからね」。

(エッセイ・羽渕千恵/イラストレーション・谷口土史子)

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